7月31日(木) この議案は、今年の9月1日から5年間、野麦峠スキー場の管理運営を、(株)岳都リゾート開発 に指定することを決める議案です。
公の施設については、直営でおこなうか、又は団体に「委託」するかどちらかひとつにに決めなければなりませんが、その団体を決める方法について規定しているのが、
平成15年10月29日に定められた、「松本市公の施設の指定管理者の指定手続等に関する条例」です。
私たち議会の役割は、こうした一連の手続きの内容に関して審議するものですが、この選定過程における条例の運用に、問題があることを指摘し、まずはこの議案を「継続審議」にすることを提起しましたが、それが否決されたため、反対の態度を表明したものです。 私が問題にしたのは、次の点でした。 「選定結果」によれば、「各委員の意見が割れ、1回目の意見表明による採決では、4対4、留保1となったため、再度協議を行った後、挙手による採決を行った。 確かに、「会議の議事は、出席委員の過半数をもって決し」とある以上、多数決でも「4」では決定にならないことは、わかります。(過半数ということになれば、「5」が必要です。)
それをあえて、多数決の結果とは「逆」の結果を決めたといわれても仕方がありません。 こうした問題をはらみながら、そのことに関しては、理事者は、特段の注意を払うことなく、審議会の結果を「良」として、議案として提出してきたという経過があります。
そこで、もう一度理事者として、考え直す時間の必要性からも、「継続審議」を提案しました。 第4章 国会 そして、この想定外の結果に対しての「運用」は、規定外のものであって、事務局の「12条の適用」判断がそうしたことを熟慮した上でのものでなかったことは間違いありません。
今回の経済環境委員会には、今までにない慎重審議がおこなわれました。 出された、資料は、かなり膨大なもので、昼食休憩を含めて2回の休憩を取っての審議、議論となりました。
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7月24日(木) さて、城の中に入ると、「大相撲」の看板を確認。 考えてみたら名古屋場所の真っ最中だ。 高齢の女性の方が、絵を描いていた。 その方との会話を後にして、ホテルに帰った。 「有料化でなくゴミ減量を図っている都市」名古屋市を訪問した。 名古屋市は、増え続けるごみ量との関係で、当時の全国各市同様、埋め立て処分場が無くなることをきっかけに平成11年2月に「ごみ非常事態」宣言を行い、市民・事業者・行政の協働によるリサイクルを中心とした取り組みで、大幅なごみ減量を達成してきた実績を持っている。
さらに廃棄物処理を環境問題の重要な課題として位置づけている点だ。 説明は、今年5月に策定された「第4次 一般廃棄物処理基本計画(計画期間:平成20年度〜平成32年度)」を基調におこなわれたが、その中の最後の「まとめ」の最後には、次のように書かれている。 名古屋のごみ問題は、新しい段階に入ろうとしている。 じっくりと政策を練り上げ、確実な実践を経て実績を上げてきた都市ならではの取り組みだ。 7月31日には、臨時議会が開かれ、今年度策定予定の松本市の「ごみ処理基本計画」の中間報告があるという。 説明を終えた後、さらに名古屋市の取り組みの経過を検証するためにお願いして、「一般廃棄物処理基本計画」の1次〜3次までの計画書と「環境基本計画」「地球温暖化防止行動計画」をいただいてきた。
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7月23日(水) 朝とはいえ、気温は高く、蝉が鳴き、実に蒸し暑い。 程なくといいたいところだったが、そうでもなく、かなり山のすそを回り込む形で、風車のある永源山公園の入り口に到着した。 見たところ、かなり大きな山の公園という感じ。 帰りは、ほぼ直線距離となる道を帰ってきて、新南陽駅から、6時38分に乗り一駅の徳山まで帰ってホテルに着いた。 徳山駅を朝8時44分に出て、本日の視察地である滋賀県野洲市に向かった。 この野洲市のプロジェクトには、自然エネルギー普及という面と同時に、地産地消の推進という意味合いを持っている。 そして、こうした取り組みをさらに発展させるため、創設したのが「楽2(らくらく)エコトライ」だ。 野洲市には、市田書記局長が視察に来て、国会でも取り上げられたという。 盛りだくさんの内容、松本に帰ってからも連絡を取り合うことをお願いした。
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7月22日(火) 館長の方は、たまたま、姓は松本さん。 「人間魚雷」回天は、 「彼らが望んだ平和な未来を作っていくのは、これからの私たちなのだ。 歴史は、よく繰り返されるといいますが、この戦争の歴史だけは繰り返してはならない。
私自身、昭和20年6月生まれ 戦争を知らない世代。 私自身は、戦争という言葉から逃れていたが、民間企業で定年を迎えた時、戦争を忘れてはならない、改めて勉強しなければならないと思い、教育委員会の採用試験、14人が受験した中で、選ばれました。」
「お母さん、私は後3時間で祖国のために散っていきます。胸は日本晴れ。本当ですよお母さん。少しも怖くない。しかしね、時間があったので考えてみましたら、少し寂しくなってきました。それは、今日私が戦死する通知が届く。お父さんは男だからわかっていただけると思います。が、お母さん。お母さんは女だから、優しいから、涙が出るのではありませんか。弟や妹たちも兄ちゃんが死んだといって寂しく思うでしょうね。お母さん。こんなことを考えてみましたら、私も人の子。やはり寂しい。しかしお母さん。考えて見てください。今日私が特攻隊で行かなければ、どうなると思いますか。戦争はこの日本本土まで迫って、この世の中で一番好きだった母さんが死なれるから私が行くのですよ。母さん。今日私が特攻隊で行かなければ、年をとられたお父さんまで、銃を取るようになりますよ。だからね。お母さん。今日私が戦死したからといってどうか涙だけは耐えてくださいね。でもやっぱりだめだろうな。母さんは優しい人だったから。お母さん、私はどんな敵だって怖くはありません。私が一番怖いのは、母さんの涙です。」 そして、松本さんは、「回天記念館での、今日は一期一会。何かしら、感じていただければと思います。」とその説明を閉じた。 「回天」関連の資料に関してのHPは、「依代之譜」という靖国史観の立場から作られたと思われるHPだが、兵器としての実際を見るには、わかりやすいのでご紹介します。
回天記念館
悲しい歴史の島。今では、世界にひとつ、日本にひとつしかない回天の記念館。
祖国日本の父や母、友人を想い、全国から若者が、その生涯をささげ、愛するものを守ろうということで、志願してこの大津島にやって来たという。 松本さんは、長野県で行って見たいところは、松本城と無言館だとおっしゃった。 敷地内には、戦艦陸奥の主砲で作られた、宇治の平等院と同じ様式で作られた「平和祈念の鐘」があったが、最後に全員でその鐘を鳴らして帰途についた。 取留めのない報告となったが、沖縄に続き、実に重い視察の初日となった。
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7月21日(月) 周南市:平和行政と地球温暖化防止対策 の3市です。 帰り次第、発信いたします。
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7月20日(日) 7月6日に行なわれた 松本市101年シンポジウム『超少子高齢社会と松本の未来』での講演に係わっての話だったが、少し意味合いがわからなかったので、市長がその前に述べた、 そこには次のように書かれていた。 「松谷先生からは、工業誘致はもう駄目だとはっきり言われた。労働生産人口が減少し、労働力が高齢化し、都会から地方にくることはない時代になるので、むしろ各都市の地場産業の育成、独特のものを作る仕事を大事にし、それを伸ばしていくことだと言われた。 松本の場合、もちろん外からの誘致も大事だが、これからは製品の質を向上させ、品質の良いものを作り、職人的で豊かな地場産業の育成を改めて考えていく必要がある。」 「軌道修正という事ではないのですけれども、」という意味合いも含めて、合点が行った。 迷いとまでは言わないまでも、明らかに、自説に固執しない、必要な場合には立ち止まることに吝かでない菅谷市長の政治姿勢が見て取れる。 私は、このシンポジュウムに参加できなかったが、松谷明彦氏は、次のように述べていた。 「どう地方の経済を活性化させるか。それも変わりつつある。 東京では働いている人が減る。首都圏依存では成り立たない。 大企業がこれまで、地方に生産拠点をどんどん移してきたが、これからはそれを逆に引き上げていく時代となる。すでに地方での整理統合が始まっている。 全体としては、縮小傾向にある。東京に本拠地を置く企業が縮小・整理を考えはじめている。 ですから、これからは、企業を誘致して、地域経済を活性化していこうという図は、使えそうもない。そうなれば、自分たちで産業を興さなければならない。・・・」 この話を受けての菅谷市長のコメントだったことがあらためてよくわかる。 あくまで、松谷明彦氏のそれは講演のメモですので詳細は、いずれ明らかにしたいと思いますが、今後実に注目すべき展開となる予感がする。
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7月18日(金) 「今までの特別委員会とは違います。そこで、すすめ方について、調査研究の課題について、テーマが特別委員会としては、広いものですから、課題も1つか2つに絞ったほうがいいのではないか。それを決めて、今後の方向を決めてまいりたい。」
少し長くなるが、議論の概要をお伝えします。 「タウンスニーカーの成り立ちを調べながら、デマンドにどう近づけるか。反対に、デマンドからタウンスニーカーにどうするのか。デマンドの要望を、路線バスとひっくるめて、タウンスニーカー式にやれるかやれないかを調べたい。
環境の問題では、農家の枝焼きはいいが、一般の人がゴミを燃やしてはいけないとなっている。他の都市では、燃やせるようになっているが、いいのか検証してもらいたい。」 「理事者の出席」に関して、議会事務局職員は、次のように説明した。 「7月8日 定例の部長会議への報告事項として、特別委員会の運営について(議会側から)4つの点を報告した。 基本的には、理事者の出席なし、当然、協議・報告はなし。 私は、 「理事者は、すでに総務委員会に報告している。2度議会に報告させることになる。総務委員会の議論とここでの議論の関係はどうなるのか。」 それに対し、この特別委員会の設置に賛成したが、ある議員が次のように発言した。 それに対し私は、 それに対し、 その後、 次のような注目すべき重要な発言があった。 「まだ曖昧模糊としている。画期的で始めての取り組みということはわかりながら、もともとの特別委員会を作った目的を見たときに、議会でわれわれが決め、これに市民は期待しているが、今の体制で、今の認識で、今の理事者側との関係で、許されるのか。 『調査研究でわれわれは割り切りました』といっていられるのか。 調査研究は、まさしくわれわれはやらなければいけないことだから。 それと、今回、理事者側からも新交通システムのことでいろいろな問題が出ているが、それとどう整理し、どう関連があるのかということを市民は見ている。 理事者を無視してできないことも事実。この特別委員会のあり方を議論しておくべきだ。」 要は、特別委員会は、「調査研究」だけで、議会としての責任が果たせるのかという意見だった。 われわれは、一貫してそのことを指摘してきたのだが、やはり理解できる議員がいることで少しは安心した。 「新公共交通問題対策に絞って、まず理事者の現状の意見を聞く。今の現状を聞く。そこからどうゆう展開となるか。情報を得るということで進めたい。」
私は、最後に、「やるならば、2回目は、ただちに開催すること」を強く求めた。 (会議録でないので、意訳の部分はあります。そこは私の責任です。指摘があれば訂正したいと思います。要約する時間が無かったので、そのままお伝えしました。) 他の2つの特別委員会も、どうやら同じような議論がされたとのこと。 議会関係者からは、改めて「こんな特別委員会ならばいらない」との声がささやかれたこともお伝えします。
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7月17日(木) まず関連のしんぶん赤旗の記事は、ここをクリック 市田書記局長のコメントのなかで言われている「一九七七年の見解」とは、 当時の立木洋外交政策委員長の見解で、それについては、少し読みづらいですが、次の部分をクリックしてください。 「竹島問題について」 立木外交政策委員長が見解を発表
(とりあえず紹介だけです。よろしく)
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7月16日(水) 「日本○○○の、丸のところへ『共産党』と入れても、まったく違和感がない文章・・・」 まさに、国民のみなさんの認識と日本共産党の立場――「綱領」の立場が接近している。 その意見広告は、「日本医師会は、国民のみなさんとともに戦います。」で結ばれている。 この意見広告内には、3箇所に「日本医師会」が出てくるが、いずれも「日本共産党」に置換えてもおかしくはない。 すでに、このHPでもお伝えしたように、松本市の医師会でも変化がある。
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7月15日(火) お忙しいなかご都合をつけていただき、またお誘い合わせて、お集まりいただいたみなさんに心から感謝申し上げます。 これまでの演説会は、今年2月3日におこなわれた演説会はじめ、いずれも中信地区委員会主催。 「とにかく、今の政治を何とかして欲しい。」 「闇夜は、濃くなればなるほど、深くなればなるほど、闇夜の中に光の存在が目立つものなんです。 「私の前に5人の青年が参加してうれしく思いました。3人の話を街中に流したい気持ちです。」 笠井亮衆議院議員の訴えは、実にすとんと参加者の胸に落ちる中身でした。
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7月12日(土) 市は今年はじめ、10月からの有料化を発表。パブリックコメントが実施されていた。 周南市の動きには、実は議員団としても注目していた。 実にタイムリーな明るいニュースだ。
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7月10日(木) 今度の演説会には、地球温暖化対策日本共産党欧州調査団の団長の笠井亮衆議院議員が、お話します。 また、笠井亮衆議院議員のHPは、ここをクリック 格差と貧困、投機マネー、環境問題、資本主義は限界? など今の熱いテーマについて、山口のりひささん、きしの正明さんもお話します。 みなさんのお出かけをお待ちしております。
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7月9日(水) こうした結果をマスコミ各紙はどう報じたか、実に興味がある。 ●信濃毎日新聞 ● 朝日新聞 ● 中日新聞 ●しんぶん赤旗は、次の見出しだ。 関連記事は、ここをクリックしてください。 マスコミの報道も、1面に限ってだが、これほど違うことがわかる。 ところで、今後、エネルギー対策が温暖化対策の要になることは誰もが認識できることです。 05年に住宅用太陽電池パネルの設置補助金を廃止した日本と違い、ドイツでは、電力会社が、通常の3倍の価格で電力を買い取ることが義務付けられているという。
今年の2月議会、市長選挙を前にして、私は、次の内容を取り上げた。 「具体的なCO2削減に役立つものとしての目標値のことです。松本市でもこの間、幾つかのクリーン新エネルギーのことが議論をされ、ペレットなどバイオマス、そして水力や風力というものも議論をされましたが、私は松本の気候を考えると何といっても太陽光だと思います。日照日が極めて多いこの松本で将来にわたって有効なものは、この太陽光発電ではないでしょうか。この太陽光発電の目標値、松本は1%、先ほど紹介した飯田市の目標値は国と同じ30%を掲げ、現在約3%までに到達し、さらにこの取り組みを強めると、期限を決めて強めるということを方針に掲げています。この間、深夜電力等を使う新エネルギーのことも話題になりましたが、私はやはり太陽にまさるものはない、このように思います。1%という枠を超えて引き続き補助を続けるとともに、新エネルギーを初めとするエネルギーの有効活用に本格的に踏み出すべきと考えますが、今後の対応についてお伺いをします。」 これに対する答弁は、 「太陽光発電システムへの補助とエネルギーの有効活用についてでございますが、本市では家庭部門における温室効果ガスの削減を図るため、平成13年度から国に準じて太陽光発電システム設置補助をしてまいりました。国は平成17年度に一般住宅向けの補助事業を廃止しましたが、日照時間が長いという地域特性を生かし、本市では全世帯の1%をめどに引き続き補助を行ってまいりました。太陽光発電システムは、発電時にCO2を発生しない新エネルギーとして、国も今後2030年までに低価格の機器の研究、開発を進め、太陽光発電パネル設置を現在の40万戸から全世帯の約3割に当たる1,400万戸に拡大する方針を明らかにしております。したがいまして、ご質問の本市の太陽光システムの補助につきましては、国及び他の自治体の動向や小水力などの新エネルギー、省エネ、CO2削減に効果がある機器の開発、普及動向を見ながら、総合的に検討してまいりたいと考えております。」 2月議会の段階では、「総合的に検討」という含みを持ったものだったが、まずは1%達成はもちろん、数値をさらに引き上げる明確な数値目標は提示されなかった。
重要な点は、2月議会でも紹介したが、国連の「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)報告の中での次の指摘だ。 「地球の温暖化は疑う余地がない」 すでに、非可逆的現象の兆候がみられる。躊躇している場合ではない。 9月議会にこの論戦は、持ち越されることになった。
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7月8日(火) 私たちは、今回の選挙も含めて、4年前の選挙戦以来、一貫して「支援」を表明した唯一の会派として、その責任を果たす立場から「菅谷市政を支える」ことと、常に市民の目線からの批判と提案を含めた是々非々の立場を統一した議会活動をおこなってきました。
今回の選挙戦は、結果として政策的には、正面対決にはならず、また、両陣営が掲げた政策を「競い合う」という関係にならなかった点は、実に残念な結果でした。
「共産党シフト」の議会運営に関しても、お伝えした通りですが、これまでの4年間以上に強まることが予想されますが、政治の主人公は市民のみなさんであり、声と世論です。
18日の閉会日、本会議終了後、「今度の議会、日本共産党・しがの風は輝いていた。」に代表される感想が私たち会派に寄せられましたが、それは、まさに私たちの思いとも一致するものでした。
いずれも、設置には賛成した議員さんたちだが、実は、決めるに当たっての議会運営委員会が終わった後にも、同じような意見が寄せられていた。
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7月5日(土) チームのことはもちろん、それが日本サッカーのことと、長野県のサッカー事情に集中した。 そして、いつの間にか「キャプテン翼」で話が盛り上がった。 攻撃の際、選手が走って相手ゴールに向かうのだが、いつまでたっても、ゴールにたどり着かない。 それでも、実に主人公はじめ登場人物の心模様が伝わってきて、妙に迫力を感じたものだった。
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7月2日(水) 75歳以上を囲い込み、差別医療をおこなう後期高齢者医療制度について、松本市の議会で最初に議論されたのは、06年12月議会でした。(12月14日の教育民生委員会 、12月16日日誌)
請願としては、定例市議会4回連続の否決でしたが、「意見書」採択に至ったことは、そうした意味で、貴重な成果と言えると思います。
もうひとつは、議会内の問題としての特別委員会の設置に関してです。 @複雑で重要な事件で特別の構成による委員会で審議する必要がある場合。 @は、全て総務委員会の所管にかかわるもの。 私たちは、提案者に対して質疑を行いましたが、最後まで結局こうした肝心な点はいずれも答弁不能状態でした。 本会議からの条例案、予算などの付託案件も今のところ考えられず、市長から提案される重要案件とは無関係にただ調査研究活動のみを目的とする委員会となります。
3つの設置で、正副委員長の6つのポストが増えますが、 「特別委員会は常任委員会の例外をなすものですから、真に必要がある場合にのみ設置するのが原則です。 地方議会によっては会派又は議員間で正副委員長ポストの配分をした際、不足するため、急きょ特別委員会を新設する例をみます。
これでは特別委員会を議会人事の手段に用いることになり、特別委員会の権威を低下させることになりますので、このような設置はすべきでありません。」 そうした議論を経た末、私たちは「改めて必要性は無いもの」として意見を述べ、設置に反対しました。 考えてみるに、 こうした動きの背景には、市長選挙で菅谷昭市長への圧倒的支持が寄せられ、菅谷市政2期目が発足したことがあげられます。
これは私のあくまで思い、感想ですが、あながち一人よがりではない、当たらずとも遠からじの中身と思います。 菅谷市政2期目スタートの最初の6月定例市議会。 (以下、次回の「まとめ」 に続く)
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7月1日(火) (松本市議会で、自らのHPを持ち、ブログ形式発信している議員は、私を含めて12人います。昨年の議会議員選挙の際に開始し、選挙終了後まったく更新なしの議員もいますが、現在では、何らかの更新をしている議員は、私を含めて4人だけとなっています。3人は、その私を除く3人です。) まずは、会派「翠政会」代表の方のブログ 「なぜ,特別委員会が必要なのか。その一点で提案者と質問者の論議はかみ合ってはいませんでしたな。予想された質問であっただけに,もっと具体的な答弁がほしかったところ。特に,「産業振興」については経済環境委員会とかぶる部分が多く,「特別」の意味合いは難しかったような感じはいたしました。 ただ,とってつけたようではありますが,そこに行財政改革が絡んでおり,その意味では「特別」の意味はあるといえます。 しかし,であるならば,その「特別」であることの意味を,もっと前段で論議して,あえて慌てて今回作らなくても,という気がしないわけではありませんでした。 ただ,それなりの経過があって,それを踏まえて議会で決めたことでありますので,「特別委員会」における検討すべきことのプライオリティーをはっきりさせ,早急に検討に入るべきでありましょう。」 読んでいただいた通りで、まさに、問うに落ちず語るに落ちる中身ですが、あえてコメントするとすれば、提案者と質問者の論議は「かみ合って」いなかったのではなくて、答弁できなかったところがすべてでした。
2人目は最大会派の会派代表のブログ 「共産党議員が名前ばかりだ、ポスト欲しさだと決め付けるような反対をしました。時代の変革の中、議会基本条例制定を目指し、松本市議会も変わろうとしている中、今までの前例を楯にかたくなに反対するのは如何かと思います。とりあえず一歩踏み出すこと、いけなければ直す勇気も必要です。少しの積み上げが大きな改革につながると思います。」 「決め付け」で反対したわけではないことは、私の質疑や会派の反対意見を読んでもらえばわかること。 3人目の方のそれには、少し反論が必要だ。順に紹介する。 「確かに、従来松本市議会が設置してきた特別委員会のように、市長部局から議会に設置を求められ、追認する形で特別委員会を設置してきた経緯から見ると議員提案での設置は異例ですし、調査研究を主要任務とする特別委員会は分り難かったかも知れません。ただ、そうした理由だけから議会が従来のままで良いとの反対意見は理解に苦しみます。議会は法律の許す範囲で常に社会の変化に対応できるような柔軟な姿勢を持たないと時代と共に市民の付託には応えられなくなってしまいます。」 「議員提案が異例」だから、「調査研究を主要任務」が「分り難かった」からでは無く、合理的な説明できなかったのは提案者の方だ。 「従来から議会は非常に受身で、理事者からの提案に対して審査をし、可否を決めると言う、行政のチェック機関としての機能だけがクローズアップされていました。確かに制度上は常任委員会にも調査研究やそれに基づいた政策提言などもできる事にはなっていますが、松本市議会100年の歴史を見てもそうしたことはほとんど行なわれていませんし、有ったとしても極例外的です。私の議員暦9年の中でも記憶にありませんし、仕組みの上からも行ない難くなっているように思われます。」 「仕組みの上から」調査研究ができなかったわけではなくて、氏も含めて、そうした提案をする議員がいなかっただけの事。 議会の役割、使命のはき違いから来る議論といえる。 「そうした意味で今回の特別委員会設置が議員提案でなされ、議会が主導して運営する委員会が設置された事は画期的な出来事だと思います。議会のモチベーションアップにも繋がりますし、市民にも議会が何を考え、何をしようとしているのか分り易くなるのではないかと思っています。これからの運営次第ですが、松本市議会100年の歴史の中でのエポックメーキングといわれるようになる事を期待しています。」 特別委員会を設置は、「動機付け」ではなく、パフォーマンスに過ぎない。 |
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