7月31日(土) 

 人権政策を重視!? 
    

  

 松本駅前に、福島社民党党首が来て、応援演説をおこなったが、元副知事が、今回、社民党と交わした協定書に、「人権政策を重視した施策の推進」が盛り込まれているという。  
  人権政策とは、要は、同和行政のこと。  
  田中知事の時代に廃止された同和行政の復活を条件に結ばれた約束。  

 元副知事の発言は、浅川ダム問題では、実に曖昧なもの。
  「説明責任は果たす」といいながら、見直すときっぱり主張している前ちひろ美術館館長とは、大きな違いがあるが、それも実は、県議会では浅川ダム推進の民主党議員との関係から、明確に中止は言えない。  

 紛れもなく、今回の構図・流れは、自民党推薦の前副知事、民主党丸抱えの元知事対、前ちひろ美術館館長・無党派県民との戦いとなっている。  

 私たち共産党は、所属する「県民の会」が、支援を決めいわば勝手に取り組んでいる。  
  事前の協定・約束は何一つないのが、松本市長選挙のとき同じ、「支援」だ。

 

   


 

 

 

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7月26日(月) 

 「委員会が手薄になる。」?! 
    

  

 「常任委員会が手薄になるから、委員会への複数所属などの対策の検討が必要となる。」
  臨時議会で、議員定数が「31」となった結果、常任会を今までどおり4つとすると、内3つの常任会は、8人、残りひとつは7人の構成となる。
  委員長を除くと、6人になってしまう。
  これで十分な委員会審査といえるのか。

 本日開かれた議会運営委員会で、委員長から「このことについて、今後議会運営委員会で議論を始めたいと思いますが」という提案があった。
  それに対しある議員が、「手薄になると言うのはどういうことですか。そんなことは初めから分かっていた事だ。」と質問、うっ憤晴らしとも取れる発言がおこなわれた。
  想像するに、自分は「31」にすることに反対だったが、会派の決定に従って「賛成」したがいまさらなんだという気持ちなのだろうか。

 今回の「31」の議案に関しての提案説明者は、今回の提案をした議会運営委員会委員長その人だった。
  まさに、「初めから分かっていた事」だ。
  それに対して、常任会を3つにするとか、「複数所属」にするとかの検討が必要となるとのことだが、それならば初めから「31」にしなければ良かったのだ。
  議会がその役割からして手薄になるとすれば、やはりそれは避けなければならない。
  もともと複数所属というのは、この手薄となる矛盾を解消するためにだけに出されてきた制度だ。
  まさに本末転倒、とんでもない内容だ。 その責任は、提案者、賛成者が全面的に負うべきだ。

 しかし、それにしても「31」が決まった以上、対策が必要なことは事実だ。
  事を壊しておいて、それへの対策といっても実に選択肢は限られる。

 知事選挙後の議会運営委員会までに、各会派で検討した結果を持ち寄ることになった。

 

   


 

 

 

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7月20日(火) 

 「31」の提案説明できず 
    

  

 第3回臨時議会がおこなわれ、議員定数を現在の「34人」を「31人」に改める条例案が提案された。  
  6月議会で、「30人」と「32人」に改正する条例案が、いずれも廃案となった後の「31人」の提案だったが、なぜ「31人」となったかの肝心の理由は提案者から説明がなかった。  
  採決では、賛成多数でこの「31人」にする改正案が成立したが、本会議閉会後にマスコミの取材も受けたが、その関係者はいずれも何で「31」という数字の根拠についての提案説明がなかったのは、実に不可解と異口同音に話していた。  

 まさに、今回の「議員定数削減」劇は、実に市民の皆さんには解りづらい内容に映ったに違いない。  
  「31」提案者は、6月議会の際に「32」の提案説明をおこなった議員と同一の議員だが、その際の提案説明との矛盾については、全く触れることなく、ましてや何で「31」になったのかの説明抜きの提案は、結局「減らせばいいんでしょう。減らせば」ということに映っても仕方がない。  
  (注目点は、今回の「31」提案説明は、6月議会のそれの一部分を繰り返した、実に短い杜撰なものだったという点だ。)  
  関連日誌記事は、 ここをクリック  

 又、議会の様子は、ここをクリックしてください。 (提案説明の後、私の意見は始まります。) 

 会派を代表しておこなった意見の全文は、ここをクリックしてください。  

 今回の臨時議会に、理事者側からの案件はなかった。  
  はたして理事者は、この議論をどのように見たのだろうか。
  議員は、市政全般に関して、市民の声を代表して意見提言を述べるとともに、出されてくる理事者側からの提案に対して、いわゆるチェックする重要な役割がある。
  そのチェック機能としての議員定数はある意味「1人でも少ない」方が、面倒でないことも事実だが、これも論拠なく議員は少なくても良いということになれば、二元代表制の仕組みそのものにもかかわる重大な事態にもなりかねない。
  名古屋市の例は、一つのケーススタディだ。

 先日ある市役所OBの方が、「理事者をチェックするには、多くの議員がちゃんと構えてしっかりやって欲しい。少なくてよいということはない。」との感想を寄せたが、市役所に長年勤めた方の声として、実に傾聴に値する内容だ。

  「真っ当な」議論が重要だ。

 

   


 

 

 

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7月13日(火) 

 捲土重来を期す 
    

  

 定例火曜日。
  事務所泊まりの朝。雨は止まなかったが、予定通り駅前の宣伝にでた。  
  片面には、「参議院選挙の結果について」もう一面に、「主張」を印刷して出かけた。  
 
  雨が降っていたため、傘をさしながらの配布。  
  受け取ってももらうために、相手の方の前にチラシを差し出すのだが、渡せるまで少し時間が長くなると濡れて滲んでしまう。  
  そのため、こっちの傘の中で、「参議院選挙の結果について」の文字が見えるように、チラシを立てながら、相手の目を確認し、受けとってもらえると判断できた人には、すかさず渡すという形になった。  
  南山議員は、通行される人の前に差し出し、濡れてしまった場合は、別のものと取り替えて渡したという。  
  いずれにしても、これまでの宣伝と違いかなり苦労が伴うことになった。
 でも、視線が合った方から、「本当にご苦労さん」と言って受け取ってくれる人。 うなずきながら受け取ってくれる人など、温かい気持ちが伝わってくる内容だった。  
  「もっと伸びるかと思っていたんだがな」と労いの言葉もいただいた。  

 今度の選挙。
  最近の国政選挙はいつも最後には、消費税が焦点となるのだが、今回の場合は、ご存知の通り最初からの争点展開。  
  「財政再建のためには、消費税が必要。」「引き上げも仕方が無い。」というマスコミの世論調査が半数を超える中での選挙突入だったが、「法人税減税との抱き合わせで、大企業の減税に消えてしまう」の私たちの押し出しが、選挙終盤での消費税増税「反対」が、「賛成」を逆転するまでに変わってきたのは、間違いなく共産党の論戦の成果だ。  
  しかし、それだけでは、支持につながらなかった。  
  やはり、今の社会と政治の閉塞感をどう打開するのか。  「消費税反対」だけでは、まだ中途だ。  
  つまり、「経済成長戦略」まで話が行かないと支持につながらない。  
  「大企業応援から、くらし応援へ」の中身が、じっくり伝わるには、時間が必要だった。  

 前回民主党に入れたが、今回「決めかねている」「悩んでいる」という本音をお聞きする対話となったが、かなり時間をかけないとそこまで行き着かないというの実感だった。  
  時間が足りない、組織としての力不足は、選挙本番での力発揮という点でも活動量の低下は、否めなかった。  
 言われてみれば、選挙中には、残念ながら「今度は共産党が伸びると思うよ。」という声は、実に少なかった。  
  でも、選挙は、問題の真相と事の本質が伝われば、共感が広がるというのが私の確信だ。  
  そこまでやりつくせなかったことが、「おわび」の最大の中身といえる。
  自民党政治に代わる次の政治の「国民的な合意」形成に向けた探求に、これからも有権者の皆さんと力を尽したい。

  駅前では、そうした内容を主旨にあいさつをおこなった。  

 「捲土重来」という表現は、かなり以前の選挙結果声明の中で使われたことがあるが、まさにそれがピッタリくる。

 

   


 

 

 

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7月12日(月) 

 参議院選挙開票 
    

  

 昨夜、横になりながらTVを聞いていると、当確の報が何度も流れた。
  自民党の新人の当確が比較的多い気がし、まさかとは思ったが、事実だった。  
  程なく民主党の敗北が伝えられたが、共産党の議席は、私が休むまで「2」で止まったままだった。  

 与党過半数われ  民主敗北「ねじれ」再び  自民改選第一党  みんな躍進
 
  などの活字が今朝の紙面を飾った。  
  比例代表の得票率のこの間の国政選挙の推移を裏1面を使って報じた中日新聞によれば、 民主、自民、公明のほか、みんなの党以外は、すべて前回07年に比べ、得票率を減らしていた。
  文字通りの「みんなの党の一人勝ち」の状況が一目瞭然だ。  
  共産党も、04年7.80% 07年7.48% そして昨年の総選挙7.03%と7%台から、6%台の6.19%に落ち込んでいた。  
  今朝、4時まで開票立会人を行なってきた南山議員に松本市の結果を確認したが、松本市でも、得票数で見れば全く同じ傾向だった。  
  特に共産党に関していえば、07年の波田町分を補正して比較すると、かなりの減票という実に厳しい結果となった。
 長野県の傾向も、自民党の比例票が増えているのを除き(これは、小坂けんじ氏が昨年の衆議院選挙のリベンジをはかり、個人名票を伸ばしたためと思われるが・・)政党選択では、ほぼ同じ内容だ。  

 夜のテレビ「討論スペシャル」で、志位委員長は結果の受け止めで、「力不足」と「おわび」を語ったが、これまでの選挙後の発言の傾向とは明らかに違っていることが確認できた。  

 今晩は、泊まりだったので、事務所に行ったところ、東京で発行されている赤旗のFAXが届いていた。  
  はたして、そこに掲載されていた 「参議院選挙の結果について」 の声明は、今までのものとは明らかに内容が異なるものだった。

 

   


 

 

 

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7月11日(日) 

 隗より始めよ (かいよりはじめよ) 
    

  

 早いもので、母が亡くなってから13日が四九日となる。
  投票日ではあったが、菩提寺の和尚さんの都合もあって、七七日(なななぬか=49日)の法要をおこなった。  
  お経を終えた後、食事の席で、あらためてご住職さんから、戒名についてのお話をうかがった。  

 もともと戒名というのは、「戒め」の字にもあるように、仏門に入り、戒律を守るしるしとして与えられる名前だそうだ。  
  日本では、亡くなったときに、生前とは違う名前をつけ仏門に入る「改名」(音が同じ)と伝わっているが、実際のところは、お釈迦様の弟子になる際に貰う名前で、キリスト教の洗礼名と同じとのこと。  
 生前に貰う人も少なくないという。  

 先日もお伝えしたが、母の戒名は「徳照院慈覺凛愛大姉位」. このうちで、「名」あたる部分は、「凛愛」の2文字だけで、「法号」というのだそうだ。
  そして、その上の2文字「慈覺」は、「道号」と言うらしい。  
 和尚さんは、道号の部分の「慈」と法号の「愛」を併せて、「慈愛」という意味も加えたという。  

 「凛愛」の二文字に関しては、先日の日誌で、その由緒を書いたが改めての解釈をお聞きすることになった。
  そして、葬儀をはじめ仏事に関することは、それこそ場所によって、その作法がまちまちであること。
  いわば決まったものは無く、その地域の歴史の中で伝えられてきたものが、その地域での「常識」となってかまわないこと。  
  それを、今は、行動範囲が広くなることで、いろいろな作法を身につけた人が、一同に会した場合、その違いを指摘することがままあるが、それは実に滑稽なことで、違って当たり前、それを指摘することこそが、その本質をわかっていないことを自ら証明する結果となっているということまでお話いただいた。  

 さらに、話は転じて、日本の言葉遣いの中で、本来の意味とは全く正反対のように使われることが多いとして、「まずは隗より始めよ」というのもそうした例の一つと紹介された。
  「言い出した者からまず始めよ」という意味で使われているが、故事では、「手近なものから始めよ」というのが本来の意味のようだが、 でも、さらにその故事を確認すると、全くニュアンスが違う内容だということも話された。
 調べて見ると、その内容は、次のものだ。

   確かに、「良いことは、いい出しっぺがやるべきだ。」という意味で使われているが、実際にはかなり違うのかと知ることができた。    

 法事が終わり、後片付けを済ませて、自宅に着いたのは、午後8時を少し回っていた。  
  既に、当選確実者が報じられ、自民党の新議員の名前のほうが民主党のそれを上回って報じられ始めていた。

 

   


 

 

 

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7月3日(土) 

 志位委員長 来松!! 
    

  

           


 

 

 

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