品川正治・経済同友会終身幹事に聞く 経団連に存在感なし 入材難、3つの原因 一九九三年から九七年まで経済同友会副代表幹事・専務理事を務め、その後、同友会終身幹事の職(国際開発センター会長も)にある品川正治氏(84)は、いまや数少ない、貴重な財界のご意見番、良心といってもいい。その品川氏に、最近の財界の体たらく、その原因、再生について聞いてみた。 ☆:・☆:・☆ 業績合格、人格不合格 ―― 最近の経済団体の凋落ぶりは、本当に怒りを覚えます。先陣を切って「派遣切り」をしたキヤノンやトヨタ自動車は、現職と前任の日本経団連会長会社ですよ。
―― トヨタの奥田碩相談役も社長登板はイレギュラーで、豊田達郎さんが病床に臥して緊急登板したわけです。御手洗さんは米国駐在時に腕を上げ、奥田さんも社長在任中にシェアを上げてビジネスでは成功者ですけど、軍艦にたとえると、艦橋に立ったこともなく、ひたすらエンジンを強化し、水兵を教育してた人が、いきなり操縦桿を握れと言われたようなものです。そこが二人の共通点しょう。収益を上げた点は立派だけど、経済団体の長ともなれば、それ以上に財界のトップとしての見識や人間力が問われるわけで、その教育がなされないまま二人がトップを務めてきた。そこに、いまの財界の悲劇があると思うんです。 品川: 豊田章一郎さん(トヨタ自動車名誉会長)としては当初、奥田さんを日経連に出し、達郎さんは経済同友会、経団連は張富士夫さん(同現会長)に任せようという感じだったんですよね。経団連というところは、三菱、三井、住友といった財閥の名を冠する企業をトップにしない慣習がある。奥田さんの前任である、今井敬さん(新日鉄元会長)は当初、経済同友会副代表幹事で、それから経団連へ横滑りしたから知ってますけど、奥田さんや御手洗さんはどんな人物なのか、知りませんでした。 ―― いわば同友会副代表を卒業した人が経団連副会長に就くという感じがありましたよね。 品川: そうです。将来、日本のリーダーになりそうな人材であれば、どうぞ同友会から持っていってくださいという雰囲気でしたから。小林陽太郎さん(富士ゼロックス元会長。後に同友会代表幹事)や、規制緩和の旗手的存在だった宮内義彦さん(オリックス会長)らも、経団連に行っていただいてよかったんですけど、経団連には「外資系は採らない」という不文律に似たものがある。 ―― オリックスも外資系? 品川:あそこは外国人持ち株比率が高いですから。 ―― なるほどね(笑)。ともあれ、御手洗さんの言動を見ていると、経団連会長としての見識あるコメントが出てこないし、最後まで我慢すべき会長会社が派遣切りを真っ先に行うという、あるまじき行為に出た。 キヤノン創業者の吉田五郎さんという方は、観音菩薩を熱心に信仰されていたそうですけど、そんなルーツの逸話を聞くと、まったく情けない限りです。 品川:確かに、キヤノンは週休二日制、あるいはアーリー・ゴー・ホーム、いわゆる早帰り制度なども早くから導入していた会社でしたしね。 ―― そうですよ。その点、同じキヤノンでも、御手洗さんの三代前の社長で同友会副代表も務めた、賀来龍三郎さん、(故人)は立派な方で、企業の社会的責任を、きちんとわかっておられる人でした。 品川:賀来さんは歯に衣着せぬ発言が持ち味で、かつては「哲学も実力もない」と批判して自民党から出入り禁止にもなった。それくらい気骨があり筋も通す人でしたし、自民党の政策批判を極めて正当に言われていた。存命だったら、いまの政局でも相当、物申したでしょう。 ―― 賀来さんの直言の前にも、石原俊さん(日産自動車元会長、同友会元代表幹事、故人)が、竹下内閣の時に「退陣すべき」と発言して自氏党が怒り、日産自動車の不買運動をやるとまで言ったこともある。 品川)要するに、当時の同友会には、ある種の野党的な感覚、在野精神が横溢していましたよね。 ―― それこそが財界の良心、日本の良心だったんですよ。 品川:いま見ていると、財界人の政冶との「間合い」の取り方なんてメチャクチャですね。たとえば中山素半さん(日本興業銀行元会長)は、(自分が)同友会で財界活動をする以上、勲章はもらうべきではない」と言われてました。 私もそれは同感ですが、そう言える強さがあったんです。ところがいまや「本当ならあなたは勲二等だけど、場合によっては勲一等をあげるよ」なんて言われたら、大抵の人はおとなしくなってしまう。 ―― 同友会副代表や経団連副会長を歴任すると、勲一等が保証されるような考え方がありますからね。品川さんが言われるように、一番自由に発言できるはずの同友会でさえ、昔の心意気というものがないついまの同友会代表幹事の桜井正光さん(リコー会長)を批判するわけじゃないんですけど、桜井さん自身、遡るときちんとした財界活動のステップを踏まれていないでしょう。 品川:私が同友会にいた頃は、桜井さんも名前を聞いたことがありませんでしたしね。 ―― 早い話が、いまや同友会も経団連も、とにかく業績を上げた入がトップになるところが悲劇の原点。 たとえばキヤノンは青森工場に五〇〇〇人の社員がいて、うち正社員は三割なんですよ。七割はいつでも切れる。要するに、御手洗さんが長年、米国流経営を見てきた、その一つの方便として、いざとなれば非正社員のボリュームが多ければいつでも身軽になれる、そんな思いが最初からあっての工場の人員構成だったと思うんです。それでこの恐慌状態になって「そら来た!」ということで予定通り切り始めた。 品川:法的にも、経営の一つの安全弁として、一〇年前の一九九九年に派遣法が改正されましたからね。いわば、不況になってもある程度、企業がやっていけるような法改正がなされた。それを利用してキヤノンやトヨタが先頭を切って派遣切りをやった恰好です。もう一つ、私は米国のサブプライムローン問題が早めに露呈してよかったと思ってるんですよ。当分、その痛みは伴いますけど、金融工学を駆使したレバレッジ経済が、日本でもあと五年も続いていたら、それこそメチャクチャになってしまったんじゃないかと。あの問題が露顕して、問題の本質がはっきりしてきたわけですから。 これからは、一番の弱者から切っていく、いわば「在庫品扱い」の経営はもうできない。アングロサクソン的な考え方とは違った不況対策や経営をしていかないといけないという、日本企業の経営者への警告だと思っています。 人間を見ない経営に原因 ―― 昔は「企業内失業者」っていう言葉があったんですよ。不況になって国が雇用政策を打つ前に、一企業として何とか歯を食いしばって社員を支えるという意味。そういう意識がかつての経営者にはあったんです。たとえば新日鉄も昔、六割操業という時期があったけど、企業内失業者を抱えながらも、営々と経営を続けていった。そういう概念がいまはまったくないでしょう。 品川:円安も手伝って、これまでの好景気でトヨタが貯めたお金は12兆円とも言われています。本当だとしたら、三〇〇万円の年収の人を四〇〇万人雇える額なんですよ。それでいて、真っ先に一番弱い人から切っていったわけですから。 ―― しかも、御手洗さんの郷里である、大分県のキヤノンの工場でも派遣切りをしたわけでしょう。そのうち見るに見かねて、大分市のほうで「雇える人は市で雇用する」と。 御手洗さんは恥ずかしくないのかと怒りを覚えるし、逆に言えば、地方自治体がよくそこまでやるな、大したものだと感心したくらいです。 この五年から一〇年ぐらいの問、日本の財界の存在はすっかり崩壊してしまい、単なる野合の集になってしまいました。あまりにも倫理観に欠けていて、財界人の総入れ換えをし、新しい財界の秩序というものを取り戻してもらいたいですね。 品川:以前は戦争体験のある人がいつばいいて、兵隊経験もしている人が財界人でかなりいたんですよ。たとえば平岩外四さん(東京電力元会長、経団連元会長)、あるいは中内功さん(ダイエー創業者、経団連元副会長)もそう。 いまの財界の凋落要因は三つあると思うんです。戦争体験世代が減ってきたこと。二つ目は商売での成功体験を自分の哲学にしてしまっていること。三つ目が米国留学組が多いこと。経済の繁栄はみんなで分け合うというのが日本の資本主義だったんですけど、いまの人たちは「そんなものは修正資本主義だ」と。正統な資本主義とはアングロサクソン型だと決めつけてしまっている印象があるんですよ。 日本の国民は一人一人は純情だから、規制緩和なんていうと、最初はいい意味にしか取らないんです。 「規制は減らさないといけない」と宮内さんが一番最初に言った頃はいい。ところが、小泉政権での「構造改革なくして成長なし」という規制緩和は、大企業が潤うための緩和になってしまい、地方や中小企業が疲弊してしまった。市場原理主義が正しいという意識を日本人に持たせてしまったんです。 ―― そう、業績や株価、時価総額など通信簿ばかりが気になって、財界人としての人格形成の部分が置き去りにされてしまった。 品川:株価や物言う株主対策に振り回されて、いまの経営者は可哀相なところもあるんですけどね。そこに振り回されたら駄目だと、毅然として言える経営者じゃないと。金融資本主義の横行で人間を見ようとしない経営者が増え、その馬脚を現したのが昨年だったんですよ。 (聞き手=本誌主幹・針木康雄)
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