競争力より人間の命 経済同友会終身幹事 品川正治さん
私がいま大会社の経営トップに言いたいのは、「人間を大事にする目で経済を見なさい」ということです。
結婚もできない。子どもも産めない。家もない。働く人たちをそんな低賃金と不安定雇用に放っておく資本主義は長続きしません。
日本経済はこの6年間、高度成長期の「いざなぎ景気」(65〜70年)以上に長い好景気といわれました。その間、大企業は利益を大きく増やしたのに労働者への配分は減らして、株主への配当や内部留保ばかり増やしてきました。
だからいま、配当や内部留保はまず雇用に回すべきです。ほんのわずかでこんな"首きり"はしなくてすむ。資本と労働の配分の比率を以前の水準に戻すだけでも、雇用のためのかなりの余裕が生まれます。
"経済成長の果実は全部資本家のものだ、それをどう分けるかは資本家が決める"。これがアメリカ型の金融資本主義でした。それが今度のリーマンショックで破たんしたわけです。
これを見習って、派遣切り、正社員解雇をやるのは、その企業にとって当座は良くてもかならず壁にぶちあたります。内需をますます小さくするんです。
アメリカ型金融資本主義の誤りを後追いするのかが問われています。とるべき道はおのずと明らかではないですか。
"戦争を人間の目で見る憲法9条"を持っている日本は、"経済も人間の目で見るべきではないか"―。それが、私の経済活動の基本的座標軸です。
昨年から今年にかけて、私が念願してきた方向へ三つのタネがまかれたと思います。
一つは昨年、志位さん(日本共産党委員長)が国会で派遣問題、雇用問題にしぼった鋭い質問をしたことです。そのあとキヤノンやトヨタの経営陣と会って、"首切り"撤回を求めたことも的確に問題の的をついたと思います。
二つ目はアメリカのリーマン・ブラザーズが9月15日に崩壊したこと。結局、アメリカの投資銀行は大手5行すべてが姿を消し、アメリカ流の金融主導の資本主義ではダメだということがはっきりしました。
日本でも小泉・竹中時代に猛スピードですすめた「構造改革」についにブレーキがかかりました。
三つ目は、年末年始の日比谷公園の「年越し派遣村」です。"まず非正規労働者から切るのは当たり前"と大手企業は思っていた。それがあれだけ国民の憤激を生みだした。しかも厚生労働省まで講堂を開放した。これは驚きでした。また、地方自治体も非正規職員として雇用することを始めました。
不況乗り切りのためだからと、人間を犠牲にすることは許されないという、日本の譲れない一線が明確になったと思います。
この三つが経済を人間の目で見る方向に可能性があるという気持ちを強く持たせてくれました。
中谷巌さん(一橋大学名誉教授、元小渕内閣ブレーン)は、かつて「構造改革」を推進 したのはまちがいだったと、俄悔(ざんげ)しました。
いままでは成長の呪縛(じゅばく)というか、"成長するために" "国際競争力をつけるために" というのが財界のうたい文句だったわけです。それよりも雇用、人間の命、人間の生活の方が大事だということがはっきりしてきました。
私は基本的には、この不景気をどう乗り切るかによって、その会社の本当の社会的役割、評価が決まると思うんです。調子がいいときは経営理念の立派さは出てこないけど、いまが一番大事な正念場なんです。経営者が人間力を発揮して勝負する。いまがそういうときです。
外需依存はやめて、内需を伸ばせという声もはっきりおこってきています。
今度の不況からの立ち直りというのは、いままで歩んできたのとは違った方向に日本の資本主義は変わるのではないでしょうか。もしかしたら、資本主義とはもはや呼べないようなシステムが志向されるかもしれない。そんな予感がしています。
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