「福島の復興は、まずは国と東電が事故の責任を認め、全国の原発をなくすことから始まる」
 
  こんにちは、信州大学2年 松本友子です。
  昨年の集会でも発言させていただきました。 福島のことをお伝えする機会はほとんどないので、とてもうれしいです、ありがとうございます。  

  わたしは福島県出身で、原発事故で被災しました。
  実家は福島第一原発から15キロ南の楢葉町にあります。
  放射線がだいぶ低くなったということで、町は、町への帰還を宣言し、この春には人が住めるようになります。  
  わたしは、かつては祖父と両親と4人で暮らしていましたが、震災後はそれぞればらばらで暮らすようになりました。父は福島県相馬市、母は横浜市、わたしは通っていた福島県いわき市の高校のそばでひとりで暮らしました。祖父は東京の親戚の家に避難しましたが、持病を悪化させ、去年の5月に亡くなりました。  
  わたしの家族は4年経っても、将来どうするか、決めることができません。
  楢葉の家に帰りたい。けれどそれは現実的な選択ではない、しかも今となっては避難先の生活を直ちに捨てるほうが難しい。という迷いがわたしたちをはばかっているのだと思います。  

  わたしは先月、福島の実家を見てきました。一年ぶりでした。
  楢葉町は、お盆や正月は、町に申請を出せば宿泊ができるということで、我が家も家を片づけて家族・親戚が楢葉の家にみんなで集まっていました。
  なので先月も、家のなかは人のいた感じがなんとなくあって、新調した冷蔵庫のなかも食糧が少しだけ残っていました。
  わたし自身は、お盆も正月も楢葉には行きませんでした。将来この家に本当に暮らすのかわからないのに、思い出だけむさぼって、切なくなるだけだと感じました。  
  わたしは楢葉にはもう二度と帰りません。先月楢葉に行ってみてそう思いました。
  得られるものは何もないし、むしろこの家があるからこそ我が家は楢葉をあきらめきれない、前に進めないのではないかと、思いました。
  だからわたしはもう帰りません。思い出は思い出としてしまっておいて、前向きに生きていきたいとおもいました。  

  わたしにとっては毎日がとても長い4年間でした。
  親と一緒に住んであげればよかった、大学なんかに通っていいのだろうか、と毎日思いました。
  大学では、福島のことを話す機会はほとんどなくなりました。気まずくなるのが怖くて、自分の出身地を偽ることもありました。
  帰省のシーズンになると「あなたはどうするの」と聞かれるのが嫌でした。家に帰るわけでもなく、だからといって家族と会うわけでもありません。その理由を「福島」という重い単語を口にして説明するのも嫌でした。
  福島のことは、仲の良い友だちのほうが話しません。わたしのことを気遣ってくれて、福島の話をしないようにしてくれているのだろうと思います。でも自分で福島のことを発信する機会を閉ざしてしまっている、と感じます。
  毎日そんなことばっかり考えました。
  4年も経つのに福島のことに固執して、自分は被害者意識が強すぎるのではないかとも思いました。でも、原発事故の被災者であることを自覚せざるをえない機会も毎日ありました。そのたびに自分のなかで気持ちに折り合いをつけて、毎日生活しました。

  「事故は収束した」と言うのなら、一度、わたしにでもなってみるといいと思います。
  「町への帰還」とか「東京オリンピック」とか、うわべだけの「復興」を推し進めていって、実際の、福島県民の生活は伴っているでしょうか。
  被災者のこころは、ほんとうに復興するのでしょうか。
  わたしは福島の復興は、まずは国と東電が事故の責任を認め、全国の原発をなくすことから始まるのではないかと思います。
  今の政府は、そういう初歩的なこともできていなませんから、これからもわたしたちは声を上げる必要があります。
  そして、わたしがみなさんに個人レベルでお願いしたいことは、「福島の発信と共有」です。わたしたち被災者が恐れ、傷つくのは「忘れられること」です。
  年月が経って、出来事への関心が薄れるのは当たり前のことだと思います。
  でも、だからこそ長期的な問題として福島の発信・共有に対して意識的に取り組む努力があり、これは、わたしからみなさんへの協力のお願いでもあります。
  事故からいままでの生活を振り返ると、おそらくわたしのエネルギーのほとんどは、行き場のない恨みや憎しみからできているのだと思いました。
  なので、そのなかでの、たくさんの人からの応援や励ましの言葉は、わたしの積極的なエネルギーとしてわたしのからだに毎回、よく響きます。ほんとうにありがとうございます。
  わたしは、これからも原発事故・福島をあきらめない決意です。みなさんと一緒に、声を上げ続けていきます。
  ありがとうございます。             
                                                  以上です。