第15回 松本市平和祈念式典 市長式辞

  数限りなき尊い犠牲を強いたあの暑い夏から、65回目の夏、終戦記念日が再び巡ってまいりました。
  本日ここに、ご来賓各位のご臨席と、多くの市民の皆様ご参列のもと、被爆65周年記念、「第15回松本市平和祈念式典」を挙行するにあたり、あ の苛烈を極めた戦いの中で、ひたすら祖国を思い、家族を案じつつ戦場に散り、遠い異郷の地で亡くなられた多くの方々、また、原子爆弾や空襲により、一瞬にしてお亡くなりになられた方々の御霊に対し、謹んで哀悼の誠を捧げます。  
  戦後、我が国は、祖国を愛する幾多の先人の皆様のたゆまぬ努力により、戦争による廃墟の中から、そして悲嘆と絶望の淵から復興し、産業・経済 の飛躍的な進展など、目覚ましい発展を遂げるとともに、国際社会においても、平和を希求する国・日本、生きる喜びを実感できる国・日本として、平和の素晴らしさに誇りを持ち、確固たる地位を占めるまでに成長を遂げてまいりました。
  また、松本市におきましても、戦後の苦難を乗り越え、豊かな自然の息吹に溢れ、古き歴史と伝統に育まれた、中信地域の基幹都市として発展を 遂げてまいりました。
  これも偏に、苦節、幾星霜を重ね、故郷松本を愛する多くの先人の皆様のご努力の賜物であり、ここに改めて深甚なる敬意と感謝を表する次第でございます。
  さて、地球上では今なお、核保有国の核軍縮は一向に進展せず、北朝鮮やイランの核問題が浮上するなど、核兵器に依存する国際社会の構造は変 わることなく、核廃絶に向けた明るい展望は依然として見えておりません。
  また、民族・宗教問題、繰り返されるテロ行為、やむことのない人権侵害・抑圧など、極めて深刻で憂慮すべき事態が頻発し、未だ世界平和への道のりの遠さを実感せざるを得ない現実がございます。
  こうした中、わが国は、世界で唯一の被爆国であり、平和の尊さ、核兵器の悲惨さを世界中のどの国よりも強く自覚する国として、広島と長崎の 惨劇を永遠に伝え続けるとともに、次世代を担う若者たちの心に、平和の 灯をともし続けていく責務がございます。
  本年5月には、ニューヨーク国連本部において、2010年NPT(核拡散防止条約)再検討会議が開催されました。
  前回の2005年に開かれた会議では、核保有国と非核国、先進国と途上国等の対立が解けず決裂に終わりましたが、今回は、「核兵器のない世界」の実現に向けた、64項目の 具体的措置を含む行動計画を柱とする最終文書が採択されました。
  特に、核兵器廃絶を明確に約束したことで、歴史的な合意が成されたこ とは、大いに評価すべきことと認識しております。  
  一方、冷戦時代にアメリカ合衆国が核実験を行った、太平洋マーシャル諸島のビキニ環礁が世界遺産に登録されました。
  このことは、1996年に世界遺産に登録された原爆ドームと共に、核兵器の惨禍を伝える歴史の 証人として、後世に受け継ぐ「負の世界遺産」として、極めて重要な遺産だと感じております。
  また、8月6日に開催された広島平和記念式典に、国連事務総長として は初めて、潘 基文国連事務総長が、また、アメリカ合衆国のジョン・  ヴィクトル・ルース駐日大使を始めとする、イギリス、フランスの核保有国の代表が、初めて被爆の跡地広島を訪れ、式典に参列されました。
  この ことは、今もなお、被爆の後遺障害に悩み苦しむ、多くの被爆者の切実な思いや、一刻も早く、核兵器も戦争もない平和な世界の実現を願う国民の思いに、一筋の光が差すような画期的な一幕となったものと確信しております。
  私事で恐縮ではございますが、かつて平成8年から5年半に渡り、ベラルーシ共和国において、チェルノブイリ原子力発電所の事故で被曝し、甲 状腺がんに苦しむ幼き子ども達を始めとする、多くの被災者の治療にあたり、核被害の恐ろしさや悲惨さに、強い憤りと深い悲しみを覚えずにはいられませんでした。  
  この夏、市長就任後、平成17年以来、5年ぶりにベラルーシを訪れ、国 際医療支援活動を行ってまいりました。  
  ベラルーシは、核による汚染から25年が経過しようとしています。
  今回の訪問で改めて感じたことは、汚染大地に生きる人々にとって、健康障害や放射能への不安といった負の遺産は全く消えることなく、心配の日々を送る現実は依然として続いていました。
 ただ、こうした状況の中でも、人々が生命の尊厳、明日への希望を持って生活されている姿に改めて感動し、心豊かに暮らせる社会の実現のために、いのちの大切さや被爆者の沈痛な叫びを発信し続けることが極めて重 要であり、市長として、また医師として、平和の尊さを訴え続けていく決 意を新たにしたところでございます。
  さて、私たち松本市民は、平和を希求する崇高な意思を世界に向けて発信するため、昭和61年に平和都市宣言を行って以来、広島平和記念式典への中学生代表の参加、日本非核宣言自治体協議会や、平和市長会議への参加などを通じて、平和行政の推進に積極的に取り組んできております。
  また、平成8年には、洞澤今朝夫先生の制作による平和祈念碑「平和の 誓い」の前で、第1回の松本市平和祈念式典を挙行して以来、毎年8月15 日の終戦記念日に、この平和祈念碑の下で平和祈念式典を開催し、本年で15回目を数えることとなりました。  
  「戦争の風化」が声高に叫ばれる昨今、この平和で豊かな今日においてこそ、移り行く時間の区切りに、過去を謙虚に振り返り、戦争の悲惨さと、 そこに幾多の尊い犠牲があったことを次世代に語り継ぎ、しっかりと未来を見つめていかなければなりません。
  その意味からも、本日は、毎年8月6日に開催される広島平和記念式典 へ参加し、被爆者の体験談などを通じ、戦争の恐ろしさ、空しさ、そして、 平和の尊さ、いのちの大切さを、自らの五感で実感していただいた市内中学生の代表の皆さんや、次代を担う多くの若者にも参加いただいており、 大変心強く思う次第でございます。
  また、会場内に核兵器の一日も早い廃絶を願い、広島平和記念資料館からお借りした原爆パネルや世界恒久平和実現への切実な願いが込められ、 市民の方からご寄贈をいただいたポスター、更には、65年前、広島に投下された原子爆弾「リトルボーイ」の模型も展示しております。
  本日ここにお 集まりの皆さんには、ぜひともご覧をいただき、より一層核廃絶への思い を強くしていただければと存じます。
  多くの市民の皆様の、永遠なる平和への想いが込められた折鶴と平和祈念碑を前に、私たち松本市民は、戦争の惨禍を後世への教訓として語り継 ぎ、風化させることがあってはならないと、決意を新たにするとともに、 地道ではあっても、踏みとどまることなく、次なる平和への道を歩み続け ることを、ここに改めてお誓い申しあげます。  
  結びに、本式典の運営にあたられました実行委員会の皆様方に心から感謝を申しあげ、式辞といたします。

    平成22年8月15日      
                                                      松本市長 菅谷 昭